「ダンナ、ダンナ♪日本の旦那♪今日は一緒に帰りやしょうよ」
「なんだい、ベンさん。あらたまって?」
「あらたまっても、なんでもねぇでやんすよ。天竺人のアッシが、こう手を上げてもね。リキシャの野郎が停まってくれねぇもんでさ。日本の旦那のお力を拝借してぇって、そういうわけでやんすよ」
「そりゃ、ベンさん。おれが手を上げたって同じってもんだよ」
「そんなことはねぇでやんすよ。旦那は外国人だからね。リキシャの野郎も気を許して停まってくれるっていうのがアッシの作戦でさぁ」
「おぅ、じゃ、ものはためしってこともあらぁな。試してみようじゃねぇか」
さて、この二人。一生懸命リキシャを停めようと企んだのですが、そうそう簡単には停まらない。ガンジス川の夜も深まる頃にようやく一台のリキシャが停まり、車内で日本の旦那が文句をいう。
「なんだい。ベンさんの計画もうまくいかなかったじゃないかい」
「いやこれは、時間が悪いってぇもんでやんすよ。暗いのが敗因ってもんでね。昼間だったら、旦那の顔を見たリキシャの野郎はすぐ停まるってもんでやんす」
「そりゃ信じられねぇなぁ。ベンさんよ」
「まぁまぁ。そんなこだわっちゃいけねぇよ。こうやってリキシャを拾えたんだから、いいってもんでやんしょ。忘れやしょ。おぅ、ところで旦那の国じゃ、これから冬になるって小耳に挟んだんでやんすが、そりゃなんでやんすかい?」
「なんだい急に話題を替えやがって、まぁいいや。そうさなぁ。天竺のベンさんが冬を知らないってのも無理はないが、無知ってのも哀れなもんだな」
「そうでやんしょ。冬って奴を教えてくださいよ。気温がまいなすになるってぇとこまでは、聞いたんでやんすがね」
「なんだい。知ってるじゃないかい。ベンさんよ」
「へへ、褒められると困っちまうんでやんすがね。気温がまいなすってことは、どういうことでやんすかい?」
「どういうことって、まいなすってやつぁ。寒いんだよ」
「寒いんでやんすかい?」
「ああ、寒いね。こりゃ寒い。もうね、なんでも凍るんだよ。雨だって凍っちまう」
「おぉ、雨が凍っちまうんでやんすかい??」
「おうよ、伴天連の言葉じゃ。すのぅっていうやつよ」
「さすが、まいなすでやんすなぁ」
「だろ。しかも、雨が凍るなんてのは序の口よ」
「序の口なんでやんすかい!?」
「おうよ。天竺のベンさんには想像がつかねぇだろうがな。たとえば、日本で便所に行こうとするだろ。すると、便所にはトンカチがあるんだ」
「便所にトンカチ?そりゃなんでやんすかい?」
「わかんねぇかなぁ。ベンさんが便所で小便をするとするだろ。すると、小便が凍っちまうんだ」
「おぅ。小便が凍っちまうんでやんすかい??」
「おうよ。なんつったって、まいなすだからな。で、小便が凍っちまうとトンカチが必要だろう」
「いや、旦那。そのトンカチが必要ってところが、よくわからないんでやんすがね」
「ったく、ベンさんは学がねぇなぁ。小便がしてる先から凍っちまうと、どうなる?」
「そりゃ、大変でやんしょうな」
「そうよ。凍っちまうと、ちん○んと便器が繋がっちまって取れなくなっちまうからよ。そうなるとトンカチが必要だろ?」
「小便を割るために必要だってやんすかい?」
「おうよ。頭の回転がはやいじゃねぇか。凍った小便を割るんだよ。なにしろ、便器と繋がったまま春まで待つわけにはいかねぇからな…ん?なんだい、その顔は?」
「そりゃ、いくら旦那の話でも信じられねぇってもんでやんすよ」
「それじゃなにかい。ベンさんは日本に行ったことがあるってのかい?」
「そりゃ、ないでやんすよ」
「だから、無知ってのは哀れだというんだよ。天竺の常識は世界の非常識よ。寒い国じゃ便所にトンカチが必要なのよ」
「さすが、まいなすでやんすなぁ」
「だろ。なんつったって、まいなすよ」
「こりゃ一つ利口になったや。ダチの野郎に自慢しにいかなきゃならねぇな」
「だろ。存分に自慢してやってくれや」
こうやって、今日もまた一つ。天竺人に嘘を教えてやったのであった。




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